2013年09月25日

「寿命」のはなし・・・

人間の”寿命”はいつ終わるのか??これは本人にもわからない!ましてや、他人にはわかるはずもない・・・。交通事故やトラブルによる”死”など、病気以外でも寿命が急に終わりを告げることは多々ある。


人間の”寿命”は見えない大きな力が働いて、決められた時が来るまでは継続する・・。これは、人間は自分で生きているだけではなく、見えない大きな力によって「生かされている」と考えるのが正しいような気がする。


先日の友人と会った時に、”寿命”について話題になった!友人の彼は、これまで3回も九死に一生の経験をしている。普通ならとっくに死んでいてもおかしくない・・・そんな経験をしているのだ。


最初は若い頃の経験・・、車を運転中に信号が赤になって止まろうとしたが止まらずに、赤信号をそのまま突っ走ってしまった話・・・。ブレーキを踏んだつもりが全然止まらない!反対に急加速して、信号が青の横断している道路に突っ込んだのだ・。


昔の車は、マニュアル車で右側の足にアクセル、左側にクラッチとブレーキがある・・。ギアチェンジはクラッチを踏んでギアを入れ替えて、またクラッチをつなぐ。この時彼は、ブレーキと間違えて何度もクラッチを踏んでいたそうだ・・・。


クラッチを何度も踏むと、たまたまギアチェンジが起きて(いまのオートマチック車のように・・・)、違うギアに入って急加速したらしい〜。交差する車線は当然青なので、走ってくる車に正面から衝突して事故死していてもおかしくない。


が・・・、たまたま、そのとき青信号側の車が、いなくて彼は助かったというのだ・・・。まさに、奇跡としか言い様がない。2回目の話は、海でのこと・・。毎日、スキューバダイビングとシュノーケルで遊んでいたのだが、ある日シュノーケルで沖まで出て、潜水していた。


そして、なんの間違いか彼は、シュノーケルをしているのにスキューバをしてると間違えたという〜。深く潜っていたときに、思わず息を吸ってしまったのだ!ボンベがないシュノーケルでは、海面に出ていなければ息継ぎはできない。


したたか海水を飲んで意識朦朧として海面まで浮いてきた・・。もがいて手をバタバタさせていた時に、何かに触れた。そこにはこれ以上沖にに出てはいけないという警告印の「ブイ」があった。彼はそこにつかまって何とか一命を取り留めたのだ・・。


3回目のことは、私もよく知っている・・。ディーラー勤務の時代に、彼は「生牡蠣」を食べて食中毒を起こした・・・。劇症肝炎になりかかって半年間も病院に入院したのだ・・。この時も医者からは”助からないかもしれない”と言われたそうだ・・・。


だれしも、九死に一生を得た経験があるという話は時々聞く^^。寿命を語る時に、あの時なぜ自分は、死なずに済んだのだろうと考えるものだと思う・・・。私も、膵臓がん手術の翌年の正月に、年賀の挨拶で菩提寺の住職さんにその話をした。


住職さんが言うには、「まだあなたには寿命があるのだから、ご先祖様が『寿命があるうちは、まだこちらに来てはいけなよ。寿命を全うしなさい』と言っているんですよ!」という話をされた^^。その時ますます人間は自分で生きているのではなく「生かされている」のだと感じた・・。


寿命というのは、不思議なものだ・・・。自分の力で生きていると思っている”その自分”にはどうしようもない何か(見えない力)・・・が決めているのだ。2週間ぐらい前だろうか?!BS朝日の番組『いのちを語る』で、上野(入谷)の法昌寺の住職・福島泰樹さんと鎌田實先生の対談があった^^。



たまたま、TVをつけたらこの番組をやっていたのだが、、人間の寿命について感銘のある話をたくさん聞くことができた・・。番組の最後に福島住職の言葉が紹介されたが・・・、これが素晴らしかった!その言葉とは・・・・、

『生きることは、終わりがあるから素晴らしい』
という言葉だった・・・



たしかに、寿命が永遠に続くものだとすれば、生きとし生けるものはこれほど輝いていないのではないかという気がする・・。限られた人生(寿命)だからこそ精一杯生きる・・・これがこの世に寿命を得たものとしての生き方だと感じた。


いつ寿命が終わるかは、誰もわからない。しかし、。人間は(地球上の生物も皆)いつかは寿命が来る・・。それまで精一杯生きること・・・それでいいのだと思う^^。



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posted by げんき親父 at 15:51| Comment(2) | 人生観(生き方)・死生観 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月03日

動物は、死を恐れない・・・

先週の土曜日、朝ラジオを聞いていたら、「動物は死を恐れない・・」という話が耳に入ってきた。ほんの2〜3分だけ聞きかじったので、どんなテーマの話かは不明^^。ただ、その言葉がどんな意味なのか少しだけ聞き入った!


よく考えれば当たり前のことだが・・。動物は、死というものを意識していない、死について考えることもないのだ。死ぬ前の日、いや死ぬ直前まで”死”について恐れたり、怖がったりはしないのだ!”死”の瞬間まで・・、そしてそのあとは”無”となる・・。


人間は考える動物だから、病気で体調が悪いと・・・「死ぬかもしれない」という恐怖や恐れを抱く。そして必要以上に「死」について考えすぎる。想像がどんどん増幅して「苦しみたくない」「まだ死にたくない」という想いが強くなる・・・


人間の考えたり、想像する能力は素晴らしいものだが・・・、「死」についてはその想像力が、必要以上の”恐怖”を引き起こしているのではないのか?!大きな視野で見れば、、人間も地球上の全ての生物と同じで、何十億年前から、遺伝子を引き継ぎ今の自分がいるのだ。


必ず死んでいく存在であり、生まれた時から「死」に向かって生きていると言える・・。自然界のルールなのだ。恐れるばかりでなく、自然に受け入れる気持ちを今から準備しておきたい・・。悔いがない良い人生だったと思えるように、1日1日を大切に生きようと思う^^。


あいだみつをの言葉に、こんなのがある・・

   花には人間のような
   かけひきがないからいい

   ただ咲いて
   ただ散つて
   ゆくからいい

   ただになれない
   人間のわたし



花の美しさ、動物の健気さは、「死」を意識しないで寿命まで精一杯生きる姿が、人間にはないものだからなのだろうと思う・・。そのように生きられない人間の”業”が、最後のフレーズ「人間のわたし」に凝縮されている・・。たまに、自分の”死に際”がどのようなものか・・想像することもある^^。


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posted by げんき親父 at 07:00| Comment(0) | 人生観(生き方)・死生観 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月18日

「健康法」から「養生」へ・・(五木寛之)

いつの頃からか”五木寛之”のファンになっている^^。といっても文学作品は読んでいない。彼の随筆(?)ともいえる『下山の思想』を読んでから、その生き方に共感を覚えた。彼の自然体の生き方・人生観がとても親しみ易く、馴染むのだ^^。


健康法などもいろいろな方法を試したようだが、結局は”自然に任せる〜”といったところがある^^。先日もタブロイド版の夕刊紙・日刊ゲンダイを買って、連載(「流されゆく日々」9194回)を読んでいたら、健康法について書いていた・・・。


(原文引用)
自分と同じ人間は世界中探してもただの一人もいない、と納得する。これが養生の第1歩だ。Aという人に有効な治療法が、Bという別な人に同じようにきくことはない。そのことをしつかり押さえておけば、世の健康法に惑わされることもないだろう。

他人のやり方は、参考にするだけだ。それがはたして自分にも有効であるかどうかは、試してみるしかないのである。健康法にしても、養生法にしても、まずそのことをしっかり覚悟しておく必要がある。私もこれまで、さまざまな健康法を試みてきた。

そして、そのなかで本当に自分に合ったものを探し当てたと思ったことは一度もない。どこか違うのである。理論的には納得がいっても、いざ実行してみるとあまり役に立たない。変だな、と首をひねりながら、またちがうやり方にトライする。

最終的に私が行き着いたのは、自分には自分のやり方しかない、という当たり前の結論だった。だから健康法にしても、養生法にしても、あくまで他山の石として参考にすることに徹するようになった。

          ( 中 略 )

自分はこの世界でただ一人の我、とはっきり納得してしてしまえば、そこから道は開けるというものだ。人それぞれ、というのが80年生きてきた私の実感である。世の中には、これさえやれば全てOK、といった調子の提言が多すぎるように思う。それに乗せられて、がっかりするばかりでは自分の心身を守ることはできない。

(引用終わり)



たしかにそうだと思う・・・。自分に合う健康法は、やってみなければわからないのだ。ただ言えるのは、自分の身体の「声」をしっかり聞くことだと思う。現代人は、自分の身体が発している”様々な信号”に気がつかないことが多い。


巷にあふれる間違った情報や先入観で判断してしまうより、自分の身体に聞いてみるということが、一番必要なのではなかろうか?!



         ・conv0080.jpg
       日刊ゲンダイ(夕刊紙)「流されゆく日々」五木寛之連載(9194回)





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posted by げんき親父 at 21:31| Comment(0) | 人生観(生き方)・死生観 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月16日

直感力^^〜

20〜30分ぐらいの空き時間があると、つい本屋はないかと探してしまう。先日もキョロキョロしていたら、通路の壁を書棚にした小さな書店を発見^^。立ち読みする・・・、で、直ぐにある本に気がつく。「直感・・」という言葉が目に入った!


その本は、6つの永世称号(永世名人、永世棋聖、永世王位、名誉王座、永世棋王、永世王将)を持つ将棋の”羽生善治”さんの著書だった・・。目次を少し見て買うことにした^^。将棋の勝負という限定された世界での、一瞬一瞬の判断は、論理性だけではない直感力が大きいという・・。



       ・conv0271.jpg
     『直感力』羽生善治・著 PHP新書・760円+税
        2012年11月12日第1版第2刷



がんの手術をして退院してから、情報を収集してガン治療にはどんなことが重要なのか、いろいろ模索を重ねてきた^^。最初の頃は、なるほどと思うような情報が多くて役に立った。・・が、、最近はというと・・、全く逆の情報もたくさんあるのに気がついた・・。


要は、どっちが正しいのか、全然わからない! 判断できないことが多くなった^^。そんなときは、どうしても自分の”直感”に頼ることになる〜。前にも書いたが、「何が正しいかではなく、何を信じるか」ということに行きついたのだ^^。


だから、自分の”直感”は重要で、大切にしている・・・。考えていることに自信がなくなると、行動にも迷いが出る。結果として言動がどんどん「ブレてくる」ことになる・・。そうはなりたくないと考えている^^。どんなことがあってもブレないためには、それなりの”覚悟”も必要だが・・。


将棋界の大スターである羽生善治さんは、この”直感”をどんなふうに語るのか・・とても興味があった・・。本の内容は、直感力というキーワードをもとに、羽生さんの将棋だけでなく生き方にも通じる考え方が、たくさん語られている^^。われわれの生き方の指針にもなるものだ。


目次を紹介すると・・・
第1章  直感は磨くことができる
第2章  無理をしない
第3章  囚われない(とらわれない)
第4章  力を借りる
第5章  直感と情報
第6章  あきらめること、あきらめないこと
第7章  自然体の強さ
第8章  変えるもの、変えられないもの   となっている


直感=ひらめき、なのだが、直感は多くの経験や論理的思考が集約されて、瞬間的に判断されるものだという・・。特に時間がない中での判断(勝負)には直感がひらめかないと先に進めない・・。自分のことを思い返すと、癌宣告されて次の日には「手術してもらう」という考えになった^^。


普通ならかなり迷い、怖れ、慎重になるところだろうと思う・・。その意味では”直感”が働いた・・とも言える。迷いはなかった^^。そのことと、手術がうまくいったこと、その後の回復が順調なこと。論理的には説明できないが、、どこか関係があるのではないかと思う^^。


羽生氏は迷った時、「見切る」ことができるかどうかが重要だという・・。「見切る」段階では確実に勝てるという明快な答えはまだない。しかし、そこを自分の意思で見切る・・、自分の選択、判断を信じて、その他を見ない。見切るとは、自分の直感を信じる力の強さに通じるものだという。


目に見える原因、目に見える根拠、目に見える成果、目に見えるデータなどに振り回されると、自分の選ぶべき行動、進むべき道がわからなくなってしまう・・。判断材料は眼に見えるものだけではない・・・自分の中に目を向けてみる必要がある・・。


将棋のような長丁場の勝負では、精神性が大きい。不安な時間に対してどれだけ耐性を持てるかが大切だという。いま自分がやっていることが間違っていないか、違うやり方もあるのではないか、他人の意見はどうなのかといった考え始めるときりのない要素を数えだして、そこでためらったり、迷って立止まることも多々ある・・。


直感で選択したら、他は見切って進むことが重要。また、マラソンのような長距離走では、「長い距離をずっと走り続けなければならない」と考えるのではなく、「すぐそこのあの角までを目標にまず走ってみよう」という小さな目標を定めながら走るのが良いと指摘している・・。


初めにゴールまで200kmあると言われたらたいていは嫌になる。しかし、あと1km、あと1km、この1km、今度の1kmと繰り返すうちに気がついたら200kmになっている・・・そういう走り方もあるということだ・・。ガンとの闘病生活にも言えることだ。長期戦をどう考えるか?!やはり、日々一所懸命生きることが、長期戦には必要だと思う^^。


”今を生きる”に通じることが将棋でもある・・。過去の対戦を思い返さないということだそうだ。過去の勝負に思いを巡らせるよりも、気分を一新して新たな気持ちで対局に望む。生活習慣では、その日のうちに片付けられることは、片付けるということも大切だという・・。


ガンとの闘病、生き方・・・という視点で置き換えてみると参考になる示唆が多くあったと思う^^。結局、何かの判断は、自分自身によりどころを求める。それは、その人の人生観や価値観と密接に関係している。また経験を重ねることで”直感力”はよりパワーを蓄積でき、磨かれると締めくくっている^^。




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posted by げんき親父 at 22:21| Comment(0) | 人生観(生き方)・死生観 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月14日

「死」について・・・・

癌だとわかったとき、そして膵臓ガン手術後の入院中・・・、「死」について考えないときはなかった!多分、癌患者はみな同じ心境になるのではないか・・・そう思う。「死」に対する恐怖心、それは相当なストレスになる。癌にはストレスが良くないとわかったからといって、そこから簡単に逃れることはできない。


「癌=死」という考えが頭に定着している。そして「死」は怖いもの、苦しいもの、忌み嫌うべきものという考え方が、普通に生きている我々の暗黙の常識だから・・。しかし、「死」は本当にそうなのか?!それは経験していないから、誰もわからないものだ!!


分かっているのは、地球上の生物はいずれ死ぬ・・ということ。遠い先祖も、近くは祖父、祖母、両親も寿命が来てこの世を去っている・・。「死」をどう考え、どう受け入れるかは、生きる上で重要だと思う。苦しいもの、怖いものと考えてもそこから逃げることはできない!


そう考えたとき、「死」のことを深刻に考えたり想像することはあまり得策ではない・・・そう考えるようになった。自然に生きるというのは、死の寸前まで「死ぬこと」より「生きよう」とする意識や気持ちがあって、でも寿命が来て自然に息を引き取る・・・そうありたいと思っている!


忌み嫌うものでもなく、かと言って積極的に受け入れるものでもなく、、、、生きようという気持ちの中で、自然に寿命を全うする・・・それが自分としての「死」でありたいと考えている^^。この世に生まれ死んでゆくということは、特別なことではなく自然の摂理なんだと思うようにしている^^。


「死」は経験していないのでわからないが、自分としてのイメージは持っている^^。私は朝5時からの「おはよう健康体操(BS-TBS)」のファンだが、この体操の最後(12番目)に「気帰丹田」という体操がある^^・。これは、両手を天に広げ、宇宙の「気(パワー)」を頭から入れて「丹田(臍の下)」に蓄え、その日1日を元気に生活するという意味を持っている!


実は、「死」はこの逆ではないかと想像している。「丹田」にある生きるエネルギーや魂が、腹や胸を通って頭からす〜っと空へ抜けていくイメージ・・・。よく臨死体験をした方が上から自分の体を見ているという話を聞いたことがあるが、、そんな感じがするのだ!


ややスピリチュアルっぽい話になってしまったが、「死」そのものは普通われわれが想像しているような苦しいものや怖いものではないのではないか・・・・そう考えることにしている^^。余計な恐怖心やストレスを感じないためにはそれも必要だと思う・・。


「癌=死」、「死=苦しい、恐怖」・・このマイナスのスパイラルから脱するには、「死=自然の摂理」、「死=苦しくない、安楽」という考え方に変えることが必要だと思う。「死」は経験したことがないので(経験を語る人がいない)どうしても悪い想像が膨らんでしまう。


どうせ、逃れられないことなのだから、自然に受け入れられるようにしたいものだ。死ぬ寸前まで「生きる」ということを考えて、何かに夢中になれることが一番良いのかと思う!! 癌を恐れなくなるには、、、死を恐れない=死は自然のことと考える・・・これが私の「死」に対する考え方になった^^。


よく言われるが、死生観は「どう生きるか」につながるといいます・・・。今を大切に一所懸命生きることが、”良い最期”を迎えられることにつながる・・そう感じる今日このごろです・・・(^O^)・・・



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posted by げんき親父 at 12:00| Comment(2) | 人生観(生き方)・死生観 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月13日

私が病院に行かなくなったわけ・・・

昨日いただいたコメントの中に・・・、

想い(意識)が未来を創るそうですので、病気に意識を置かず、自然に生きることに意識を置くことは素晴らしい事です。今を楽しく生きて参りましょう。

という言葉がありました^^。ありがとうございます・・・m(_ _)m・・・



そういえば、最近「病気」に意識があまり行っていない〜!!・・(^O^)・・・なぜかと考えると?? 多分病院に行ってないからかな?? と思うのだ^^。昨年12月初旬頃だったか、執刀していただいた若手医師の「T先生」に、膵臓はどのぐらい(大きさ)切除したのかを聞きに行ったのが最後だ・・。その時の採血結果も聞きに行っていない!



なぜ、病院に行かなくなったのか?? 手術後1年半の間にいろいろ勉強したり、自分自身が感じたりしながら”病院に行かない”と決めたのだ!!


<病院にいかない理由>
1.体調がいいから〜
病院に行かない理由の第1番は「体調がいいから」だ・・・。体調が良いのにわざわざ病院に行くことはないと考えている。病院に行けば、検査、検査の連続で結果の良し悪しに関わらずストレスが増す・・。病院に行って具合が悪くなることも考えられる(苦笑)。検査は病院の収益源だから検査や投薬がなくては、病院は機能しない。病気の小さな徴候を見つけるのが先生の仕事だから、見つかるまでやる〜。見つけたら・・(>_<)・・・・。私は、抗がん剤、放射線治療などはやらないと決めたので、転移や再発を見つけてもらってもあまり意味がない・・・(´・_・`)・・。


2.体調が悪くなったら〜
じゃあ、体調が急変したらどうするか?? これまでは、仕方なく病院に行こうかと考えることもあったが、最近はなんとか行かないで済ませたいと思っている^^。前にも書いたが、まず腸の健康と免疫力向上を考えて「断食」をしてみたい^^。指導を受けてやるか、自己流でやるかはまだ考えていないが・・・。急な腹痛、下痢、激痛、腹水などの症状が出たら?? この場合も病院で腹水を抜いてもらうとか、薬をたくさん処方してもらうことは避けようと考えている・・。「いのちの田圃」を読んで、「手当療法」で多くの方が上記の症状から回復されているからだ・・・。今のところ、セミナーや講習会には参加していないがいざという時はまずこちらに取り組むつもりだ^^。


3.患者の主治医は患者自身^^
以前にも書いたが、私は「患者の主治医は患者自身」と考えている・・。自分の体調にしっかり目を向けて対話しながら考えるべきと思う・・。一方的かつ全面的に病院、医師、薬に依存することは、もともと兼ね備えた自己の治癒力を発揮できない・・。もし治ったとしても自分の治癒力や免疫力で治癒したのではないという”意識”がついて回って自信がつかないと思う^^・・。また悪くなれば、病院に直行する・、私はそんな繰り返しはごめんだと考えている^^。生活習慣病と言われる「病気」は、本来なら自分で治す病なのだ・・・とこの1年半の間に考えるようになった^^。



まぁ、そんなわけで、病院にはいかなくなったのです!でも「病院に行かないで心配じゃない??」と言われると、以前は「そうだな。腫瘍マーカーはどうなったかな(汗)??」なんてスグ考えていましたが、、最近は、全くそんなことも意識になくなってきました〜。不思議ですが・・・ある本に”健康な時は「健康」のことは考えない(意識しない)ものだ”と書いてあったのを思い出します!


今は、とりあえずは自然に行こう〜。自然に行こう〜、とだけ考えています! (^O^)・・・・


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posted by げんき親父 at 07:42| Comment(2) | 人生観(生き方)・死生観 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月06日

参考にさせていただいている「ブログ」・・・

人生どのように生きるべきか・・、あまり考えることもなかったが、ガンになってからはいろいろ考えることが多くなった!! 手術後、もうすぐ1年5ヶ月を迎え、やっと自分なりに考え方が出来つつある^^。


最近、毎日訪問してる「ブログ」がある^^。生き方について”気づき”を与えていただける「ブログ」だ・・・。今日のブログに、「人間は生きている間は、いつでも変わることができる」とあった!そして、「今の」自分が、明日からを「決めている」・・・とも。



何だ、そんなことか!?・・とガンになる前だったら思っただろう^^。しかし、この1年5ヶ月の経過を振り返ると、この言葉も実感できる・・・。自分が変わろうとしていることが・・こういうことなのかと!! この「ブログ」には、毎日400を超えるコメントが寄せられている^^。



訪問者は何かのメッセージを感じ取り、共感や質問が殺到しているのだ。それぞれが、自分の生き方の参考にできる数少ない「ブログ」ではないかと感じている・・・。今日の記事は下記のアドレスに〜

http://blog.goo.ne.jp/isehakusandou/e/eca3cd0f00c4a364489108ee3a3c4e18



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posted by げんき親父 at 21:37| Comment(2) | 人生観(生き方)・死生観 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月30日

来年やってみたいこと^^・・・

もうあと2日で2012年も終わる。新しい年2013年だ・・・。ここ1ヶ月ぐらい、来年やってみたいなぁと思えるものを考えていた^^。
そして、新たにしてみようと思うことを3つ・・・、とりあえずはリストアップ!!

1.「書」をはじめる
2.「楽心健康体操」を続ける
3.「乾布摩擦」に挑戦^^

「書」については、相模原に住む友人が既に始めていることがやろうというきっかけだ・・。彼は定年退職後も向上心、好奇心が旺盛で市のカルチャーセンターでいろいろ習い事をしている。先日メール添付で、書いた「書」を見せてくれたが、これがダイナミックでとってもうまい〜!!


彼に言わせると、「書は、筆を半紙に思い切り擦り付けるように書くのが良いんだよ(笑)〜!」ということだ。ちょうど亡くなった父の遺品の中に硯などの書道用品があったのを思い出して、あらためて出してみた^^。


「書」の良いところは、心を統一できる感じがしている。人間は悩みや迷いが尽きないが、、墨を擦って書に向かう時は心が集中してくる・・。そして自分の気に入った文字や言葉を表す! 特に漢字は、一文字、二文字でもそこに込められた意味があるので、自分の気持ちを込められる^^・・。


学校の習字ではないので、字がうまい、へたは考えなくてもいい^^。自分が表現したいように書けばいいと思う・・。”あいだみつを”の「書」は文字が上手い下手よりも、そこに込められた「心」が、見る人に伝わってくる!


先日、謝 炳鑑(シエ ビンジェン)先生にお会いした時に、先生も「書と画は、表現することでは、おなじです!」とおっしゃっていたのを思い出す^^。とりあえずは、書き初めで自分の好きな文字を書いてみようと思う^^。雑念を払って、文字に気持ちを込めて書いてみよう〜〜!!



     ・conv0188.jpg
      父が残した「書道用品」に筆を買い足した!準備完了^^



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posted by げんき親父 at 08:09| Comment(0) | 人生観(生き方)・死生観 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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